Ueno Lab.
Division of Infection and Immunity,
Joint Research Center for Human Retrovirus Infection,
Kumamoto University
上野研究室
ヒトレトロウイルス学共同研究センター
感染予防部門 感染免疫学分野
Research Projects
研究内容
国連合同エイズ計画などの国際機関が主導する抗レトロウイルス薬の途上国へのアクセス向上により、世界のHIV感染者数はこの数年減少してきました。しかし、未だに世界では毎年180万人がHIVに感染し、ほぼ同数がエイズで死亡し、3000万人近いHIV感染者が日々暮らしています。先進国においても、HIV感染の根絶には程遠く、エイズは世界レベルの脅威であり続けています。
一方、現存の抗ウイルス薬はHIVを根絶できないため、感染者は生涯抗ウイルス薬の服用を続けなければならないなど、このやり方のみではHIV感染症の根絶には至らないと考えられています。感染予防ワクチンや、ヒトゲノム中に組み込まれたHIVゲノムを排除する新たな完治療法が期待されています。
我々は、HIVに対するヒト免疫応答の解明を通じて、感染予防ワクチンの開発や新たな治療法につながる研究を行っています。加えて、未だにHIV感染者の約6割が女性であるタンザニアで、コホート研究を実施するとともに、タンザニアでの人材育成や検査体制作りの支援など、直接的にHIVが蔓延する地域への社会貢献を実施しています。
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Revealing HIV immune evasion and establishment of persistent infection
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HIVはどのようにヒトへの慢性感染を成立させるのでしょうか?
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ヒトの免疫系は、なぜそれを防げないのでしょうか?
(1-1)
HIV-1 Nef and HLA interaction, and its consequence to HIV control in vivo
クラスIは、ヒトゲノムで最も多型性に富む遺伝子座にコードされていて、CD8陽性T細胞への抗原提示は、HLA-A、HLA-B, HLA-Cの3つが担っています。HLA-A2, HLA-A24、HLA-B7, HLA-B35など多くの対立遺伝子があり、各対立遺伝子では、抗原ペプチドと結合する領域に非常に多くの多型が集積しています。対立遺伝子間での多型はペプチド結合領域のみにとどまらず、多型性の規模は小さいですが、HLAクラスI分子の細胞質ドメインにも多型が知られています。我々は、この細胞質ドメインの多型性が、HIV-1 Nef蛋白質との相互作用に影響し、HLAクラスI分子の発現低下活性を通じて、HIV-1に対するヒト免疫応答の形成に関わっているのではないかという仮説を立て、研究を鋭意進めています。
(1-2)
Immune selection forces and their functional consequence to accessary proteins
などのレンチウイルス属には、他のレトロウイルスにはない特徴的な遺伝子群を持っています。これらは、アクセサリー遺伝子と呼ばれており、HIV-1では、vif, vpr, vpu, nefの4つが知られています。アクセサリー遺伝子の構成は、近縁のHIV-2とも異なっており、HIV-1に特徴的な性質、病原性に深く関連すると考えられています。
Nef蛋白質は、HIV-1の感染性や複製能を高めるだけでなく、T細胞の抗原認識に関わるHLAクラスI分子の発現低下による免疫逃避を担っています。また、ごく最近、NefによるCD4レセプターの発現低下が、中和抗体からの逃避に関わることが報告されました。Vpuはテザリン(ヒト細胞が持つウイルストラップ機構)の機能を阻害することで感染性ウイルス粒子の放出を促すことが報告されましたが、その他にも、NK細胞レセプターの発現を低下させることでNK細胞からの逃避に関わることも知られて来ました。
HIV-1アクセサリー蛋白質によるヒト免疫逃避の役割と機序の詳細な解析を進めています。
(1-3)
Genotype/phenotype analyses of very rare cases of HIV-1 infection
ほぼすべての人はHIV-1に感染すると免疫系はHIV-1を制御できずに病態が進行してやがて免疫不全症を発症します(もちろん抗HIV薬による治療を行わない場合です)。その一方、ごくわずかな感染者では(0.5%程度と言われています)、自身の免疫系でHIV-1を制御し、長期に渡って病態が進行しないことが分かって来ました。こうした感染者は、エリートコントローラーと呼ばれており、ヒト免疫系によるHIV-1制御の研究がさかんに行われています。我々はアメリカ、カナダの研究グループとの共同研究を行い、45名のエリートコントローラーの検体を用いて、Nefの遺伝子および蛋白質機能について解析しました。その結果、コントローラーに特徴的に見られるアミノ酸変異を同定するとともに、その変異を多く持つほど、多数のNef機能が減弱化していることを見いだしました。エリートコントローラーでは、Nefの機能に依存してHIV-1が弱毒化されていることを示した初めての研究です。
さらに感染直後から経時的にフォローアップできた感染者で、後にコントローラーとなる検体を集めて詳細な解析を進めています。こうしたアプローチで、コントローラーとなる感染者では、何が異なっているかを明らかにできたらと期待しています。
2.Collaboration of cellular and humoral immunity toward long-term HIV remission
自分の免疫系で長期に渡ってHIV-1を制御できないだろうか?
稀ではありますが、HIV-1を制御できるエリートコントローラーが知られています(上記)。このことは、ヒトの免疫系はHIV-1を制御できる能力を何らかの形で持っていることを示唆しています。また、最近、抗レトロウイルス療法を受けた感染者の一部や、臨床試験で中和抗体の投与を受けた感染者の一部など、限られた症例ですが、その後の治療なしにHIV-1を制御できたことが報告されて来ました。しかし、どのようなメカニズムでこうした感染制御が達成できているか全く分かっていません。この制御方法が解明されれば、HIV感染症根絶の可能性が飛躍的に高まると考え、治療後の感染制御に関する研究を始めています。
3. Implementing research - Cohort study in Tanzania
HIV感染が蔓延する地域への直接的なアプローチ
HIV感染者(約3,000万人)の7割超がサブサハラアフリカ地域に偏在しています。特にこれらの地域では、先進国とは異なり、若い女性の感染者が6割に及ぶことから、母子感染などを通じた感染の拡大など二次的な影響も大きく、社会的な問題であり続けています。タンザニアはサブサハラアフリカ地域に位置しており、全国民のおよそ5%がHIV陽性で、その約6割が女性で占められています。国際機関を通じて治療薬は供給されているものの、ウイルス量や薬剤耐性検査などのモニタリングは全く整備されていません。我々は、これまでにタンザニア出身の留学生の研究教育指導をしてきた縁で、2015年よりタンザニアでトップの医学系大学であるムヒンビリ医科学大学とHIV感染症の根絶を目指した以下のような共同研究と、技術支援・人材育成を始めています。
(1)薬剤耐性HIV変異株の解析
(2)タンザニアで蔓延するウイルス変異株の解析
(3)中和抗体応答の解析
(4)プロウイルスDNAの解析
日本学術振興会 研究拠点形成事業-B.アジア・アフリカ学術基盤形成型-に採択されました。「HIV感染症の根絶をめざしたアジア・アフリカ研究教育拠点」(2019-2021年度)